平成が終わり、新時代「令和」を迎えました。天皇陛下が譲位され、上皇となるのは、日本の憲政史上初めてのことであり、近世史を紐解いてみても、江戸時代の1817(文化14)年に光格天皇が譲位され、上皇となって以来、約200年ぶりのことです。
平安時代以降の譲位は、政治的意図を持っていたことが多いのですが、今回の譲位に関しては、高齢化が進んだ現代日本において、陛下自身が述べられている通り、「象徴としての務めを果たすことが難しくなった」ためであり、政治的意図は、全くありません。むしろ、「天皇は国政に関する権能を有さず」、と定めた日本国憲法に抵触しないよう、お言葉を選びに選ばれての御発言であると思いました。そのため、皇室典範特例法(退位特例法)は、あくまでも主権者たる国民の同意を得て、天皇陛下のお言葉の意を汲んで制定した、という形式を取っています。譲位の儀式においても、最初に発言したのは、国民の代表である内閣総理大臣でした。200年間一度もなされなかった譲位の儀式では、光格天皇の時に執り行われた儀式、平安時代の故事を参考にした、とされていますが、現行憲法との整合性を取るために、細かいところで様々な形式が整えられています。また、同法において、譲位は、「一代限り」と明記されていますが、個人的には、今上天皇も、いつか「上皇」となられるのではないか、と思っています。
2019年5月1日をもって、元号が「令和」と改められることは、事前に発表されていたので、国内のあちこちで、改元記念の特需が発生しています。鉄道各社も例外ではありません。それは追って記事にすることにします。
令和時代も、このブログは続けていく所存ですので、なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。
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昨年の7月末に、秋田港駅を訪れました。秋田県は、外国籍をはじめ、クルーズ船の誘致に力を入れていて、昨年4月18日には、クルーズ船専用の旅客ターミナルが開業しました。その成果もあって、今年は、4月から11月までの間に、延べ23隻が寄港する予定になっています。
(あきたクルーズ号)
秋田県では、これを県内観光と結びつけるため、JR東日本と共同で、秋田港への旅客列車の運行を企画しました。その結果、JR貨物の秋田港駅に、JR東日本が「秋田港駅」を設置し、「あきたクルーズ号」が、クルーズ船の寄港にあわせて、団臨として運行されることとなりました。初運行は、平成30年4月18日でした。なお、その前の平成29年8月には、キハ40系一般型を使用して、試験的な運行が実施されています。このときの秋田港駅は、タラップ式だったそうです。
「あきたクルーズ号」は、キハ48形の「リゾートしらかみ橅編成」を改造した列車で、外観は、白と青を基調としたクルーズ船のイメージに変更されましたが、内装はほとんど変わっていません。秋田港と秋田を結ぶシャトル列車としてのほか、県内各地の観光地を直通する列車としての運用に就いているようです。
(秋田にて)
基本的にこの列車は、クルーズ船客のために設定されており、一般開放はされていませんが、平成30年7月28、29日に秋田港で開催された「秋田港 海の祭典 マリンフェスティバル」へのアクセス列車として一般客も乗れるようになりました。ただし、営業キロは設定されず、マルスの普通乗車券としては発売されません。びゅう旅行商品の扱いでした。
(車内のボックスシート)
秋田支社が当初出したプレスリリースでは、びゅう仙台予約センターでの電話受付、又は秋田県内、及び弘前のびゅうプラザ店頭での発売で、電話予約分は、後日、びゅうプラザでの受取、と記載してありました。しかしながら、電話予約分の受取は、どこのびゅうプラザでも可能なのか、言うなれば、首都圏の店舗でも可能なのか、など不明な点が多くありました。
それで問い合わせが殺到したのか、一旦プレスを取り下げて、しれっと内容を大幅に修正したものが再度発表されました。URL等も変らず、です。変更したなら変更した、とリリースすればいいような気もしましたが、いつの間にか変わっていた、という状況でした。
それはともかく、びゅう仙台予約センターでの電話予約分は、後日、レターパックで郵送(又は秋田県内、又は弘前のびゅうプラザ店頭での受取)、との扱いになりました。プレスリリースには2名縛りの文言はありませんでしたが、秋田支社管内のパンフレットがTwitterに挙がり、「2名様以上でお申し込みください」と記載してあるのが発見されました。
予約開始は、6月22日(金)1400からでした。平日なので、私は業務中でしたが、ちょうど1430頃に電話をする機会を得たので、仙台予約センターに掛けてみましたが、話し中で、一向に繋がる気配がありませんでした。電話ばかりしているわけには行かなかったので、10分ほどで止めましたが、回線すら捕まえられませんでした、、、
翌々日の日曜日、10時から家で掛けてみると、今度は1回目で、「ただいま混み合っております。そのままお待ちいただくか…」と回線を捕まえられたので、そのまま繋ぎっ放しにしておきました。待つこと約25分、ようやくオペレーターが出ました。「7月28日の」とだけ言うと、「秋田港ですね」と即答され、2名以上だということだったので、とりあえず2名で申し込んでおきました。カード決済を終えるまでの所要時間は、およそ5分です。この数日間、おそらく仙台予約センターは秋田港ばかり扱っていたのだと思います。。。
旅行商品の内容としては、往復分の乗車券と、秋田駅の駅ナカで使える500円分、及び道の駅秋田港セリオンで使える500円分、2種類のクーポンがついて、1人1400円でした。なお、往路の列車については、時間指定で、1列車あたり150人分の発売で、一応乗車人数の管理はされているようでした。
当日、私は朝一番のJAL機で秋田入りし、夕方までレンタカーで、田沢湖や乳頭温泉を回っていました。それで車を秋田駅で返し、秋田1650発の「マリンフェスティバル5号」に乗車しました。列車は、「あきたクルーズ号」の4両編成で、乗車時に、ドアのところで、係員氏に乗車券の確認をされました。がらがらだったので、空いているボックスを1つ使っていました。
(秋田港駅)
列車は、土崎で一旦停車し、奥羽本線を右に見て、貨物線に入ります。途中の第4種踏切(遮断機も何もない踏切)には、係員がいて、交通整理をしていました。貨物線内は、25km/h程度の徐行運転で、秋田港駅構内に入るところで、また一旦停車しました。信号取扱が手動のようで、ポイントの切り替えも含めて、詰所の係員がやっているようでした。秋田を出てから10分少しで秋田港に到着です。
ホームが綺麗に整備され、駅名標もありました。改札口はなく、出口でJR東日本の係員がきっぷの確認をしていました。
(秋田港セリオンタワーより)
(マリンフェスティバル)
マリンフェスティバルの1日目のこの日は、花火があるということだったので、それまで時間を潰し、最後まで見て来ました。規模としてはそこまで大きなものではなかったですが。
(秋田港にて)
帰りは、2058発に乗ります。この列車は、キハ40系一般型の4両編成で、花火帰りの客を一度に捌けるよう、定員の多いロングシート車を充当していました。しかし、車内は拍子抜けするほどがらがらで、同業者しかいないような状況でした。
きっぷの券面に、「秋田港」の印字はなく、あくまでも「土崎」駅までの扱いでした。ご案内券に、「秋田港発着」で利用できる旨の記載があっただけでした。営業キロの設定がないためであると思います。
乗ってみた感想としては、びゅう旅行商品にしたが故に、一般客への周知が不十分であったことも理由でしょうが、鉄道マニアしかいないように思いました。JRの意図としては、マリンフェスティバルへの観客輸送を目的としていたのでしょうが、道路の大渋滞と比して、その意図は全く外れています。この状況を見るに、今後、秋田港の列車が、この形で一般開放されることは無いのではないかと思いました。しかし、9月中旬に、今度は、仙台臨海鉄道に乗入れ、仙台港へ「リゾートみのり」が走りました。こちらの一般枠は、30名限定で、仙台駅からバスで仙台港へ行き、「みのり」に乗って、松島まで、そのあとは解散して、各自仙台へ戻って来るというもので、4500円ほどしていました。即完売したそうです。秋田港の旅行商品が設定されるとしても、こういう形なのかな、と思います。
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