大阪と札幌を結ぶ寝台特急「トワイライトエクスプレス」は運行開始から25周年の節目を迎えた今年の3月で廃止になりました。廃止後はJR西日本管内を走るクルーズトレインとして使われていますが、これも来年3月までとのことです。2017(平成29)年の春には新型クルーズトレイン「トワイライトエクスプレス瑞風」が誕生する予定です。多くの人の夢を乗せた「トワイライトエクスプレス」に私は大学入学後2回乗る機会を得ました。1回目は1年生の夏休みで北海道を周遊したあと神戸の実家へ帰るのに使い、2度目は2年生の秋に上野から寝台特急「カシオペア」に乗って北海道を周遊した後、10月4日札幌発の大阪行き寝台特急「トワイライトエクスプレス」の乗客となったのでした。
「トワイライトエクスプレス」の思い出は私がまだ小さかった頃にまで遡ります。当時小学生だった私は父に連れられてよく大阪駅へ電車を見に行きました。そこで濃緑の車体に黄色の帯の同列車を見付けては、「トワイライトだ」と言い、いつかは乗ってみたいものだと思い続けていました。しかしいつまで経っても「高嶺の花」のまま大学生となり、とうとう夢にまで描いた「トワイライト」の乗客となることが出来たのでした。そんな「トライライトエクスプレス」の乗車ルポを載せたいと思います。これは2度目に乗車したときのものです。あらかじめお断りしておきますが、この記事は恐ろしく長いです。また、思い出に、とパソコンで打ってあったものを一部編集して掲載しますので、文体がいつもとは違います。
今回乗車したのは2号車5番個室、A寝台個室「ロイヤル」である。この個室は一応一人用ということになっているがエキストラベッド(実際はダブルベッド。一人で使うとかなり広い)使用であれば二人利用も出来る。このほかにも「トワイライトエクスプレス」には最上級A個室「スイート」、B個室「シングルツイン」、「ツイン」、B寝台コンパートメントがある。廃止報道後は櫛棚B寝台でさえ満員になるほどの盛況振りである。B個室は旅行会社等がツアー用として事前に押えていることも多く、きっぷが取れない理由の一つにもなっている。昨年の8月にも乗ったがそのときは旅行社にだけ「ロイヤル」を頼み難なく取れていた。それが今年になると8月の夏休み期間は3日間頼んでおいたのに全滅。しからば、と10時打ちに参戦することにした。発売1ヶ月前の9月4日朝の7時半から京阪神地区の駅を巡り10時打ちの事前受付をしてくれる駅を探す。お盆期間年末年始等は事前受付をやっている所が多々あるが、それ以外の期間は駅のご好意である。結局5駅頼んで自分は別のターミナル駅で「10時打ちのお客様専用」の列に並ぶ。2番目であった。前後の人も同じくトワイライト。(ただし大阪発)10時丁度に打ってくれたが駄目だった。半分諦めつつ頼んでおいた駅へ結果を訊きに行くと、最初に頼んだ新長田で「お取り出来てますので」と発券してくれた。ついでにディナー券も頼んでおく。…「あ、一杯ですね」と。懐石御膳ならまだあったの取敢えずこっちを頼んでおく。JR西日本のホームページを見てみると、トワイライトのディナー券はテーブル管理のようである。つまりグループで行って相席になることはあり得ない。その反面、4人用テーブルが空いている、と言われた一人客がそれを確保してしまうと、ディナー券は空きがあるが、テーブル予約券は残数0ということになってしまう。これに対し「北斗星」や「カシオペア」は人数管理のためこういうことは無いが、逆に相席となる可能性がある。
出発数日前、何気なくJR西日本の電話予約センターに訊いてみると「2人席のテーブルが1つ空いています」。すぐさま最寄りの駅へ急行して19:30~のディナー券(フランス料理)を買って来たのであった。懐石料理は払戻しておいた。こうして必要なきっぷ類の手配も済み、意気揚々と神戸市の実家を出て東京日野市の下宿先へ向った。9月28日上野発の寝台特急「カシオペア」に乗って北海道へ行くためである。こんな時期に一週間の長期旅行が出来るのは夏秋休みの長い国立大学生の特権である。
(札幌にて)
北海道で本州より早い秋の紅葉を楽しみ10月4日小樽からの区間快速「いしかりライナー」に乗り札幌13:20着。駅構内のKIOSKで土産物類を買って4番線ホームに上がると丁度列車が入って来る所であった。それにしてもカメラを構えた人が多い。去年は恐らく乗客だけだったのだが。ホームを歩いて2号車へ行く。途中3号車食堂車の通路にはシャワー券を求める人の列が既に出来ていた。併し食堂車のドアには「シャワー券は札幌駅発車後に発売いたします」と。1人当たり30分に交替制であるからこれではすぐに売り切れてしまうだろう。ようやく2号車のドアに着いた。部屋に荷物だけ入れておいて早速列車の観察に出掛ける。今日の編成は第3編成のようであり2号車はスロネ25-503。昨年も同じ編成であの時は1号車5番個室であった。
(通路と個室のドア)
(個室室内)
14時05分、車掌の笛が鳴って列車はゆっくりと札幌駅を離れた。大阪まで1495.7kmの長旅の始まりである。札幌駅の輻輳するポイントを渡り列車は千歳線に進路を取る。北海道第一の大都会に相応しい高層ビルを眺めていると、ドアをノックする音が聞えた。食堂車のクルーである。ウェルカムドリンクの希望、夕食、朝食の予約希望を訊かれた。ウェルカムドリンクは赤白ワイン、珈琲、紅茶から1つ選べる。あとでティータイムに行く積りであるから赤ワインを頂くことにする。夕食は仏料理のディナーを予約しているので、2枚あるディナー券の内、食事予約券の方を渡す。テーブル予約券は持っていていいらしい。朝食は明朝6時から45分毎に4回。6時45分からの2回目を予約しておく。去年は6時45分が最初だったけれどもお客さんが多いから回数を増やしたのだろうか。これだけ訊くと「では後程ウェルカムドリンクの方をお持ち致します。失礼致しました」
(個室室内)
ソファーに腰掛けて、「いい日旅立ち」が流れて来た。「今日はトワイライトエクスプレスにご乗車頂きましてありがとうございます。みなさまの夢を乗せまして、トワイライトエクスプレス、札幌駅を発車いたしました」これに続いてハイケンスのセレナーデ。「本日もJRをご利用下さいましてありがとうございます。この列車はトワイライトエクスプレス、大阪行きでございます。途中停まります駅は、南千歳、苫小牧、東室蘭…」
トントントン。食堂車のクルーがウェルカムドリンクを持って来てくれた。赤ワイン(北海道ワイン株式会社の「おたる」)にワイングラス、缶の緑茶におかきが銀のトレーに載っている。列車は森林の中を走って行く。高層マンションが林立すると北広島を通過する。このA寝台個室「ロイヤル」にはトイレ、洗面台、シャワーが一体化したユニットがあり、この構造が中々優れている。このほかにもソファーベッドや液晶テレビ、ステレオ等がある。部屋の中は木目調の洒落たデザインでリビングルームにいるように落ち着く。
(ウェルカムドリンク)
トントントン。今度は車掌さんの検札であった。来る時に「カシオペア」に乗りこのトワイライトに乗ったあと上京する、という病気みたいな超長距離きっぷを見せる。「ホウ、いや~こんなの初めて見ました」「お部屋の方は大丈夫ですか」ハイ、大体分ってます。カードキーをくれた。去年は一つ一つ、ホウホウ、と言いながら聞いたものだったが。列車は千歳市内の高架線を走っている。南千歳。新千歳空港を飛び立つ政府専用機の赤い日の丸が目に入った。安倍首相はまた外遊するのだろうか。美々、植苗と北海道らしく果てしない緑の勇払原野を走って行く。今は14時45分である。そろそろティータイムの筈だが…。
(部屋のカードキー)
「3号車ダイナープレヤデスよりお知らせ致します。ただいま3号車ダイナープレヤデスではティータイムのご用意が整いました…」よし、行こう。去年は行くのが遅くてデザートがもう無くなっていた。他の人の席に運ばれて来たデザートの皿が美味しそうで…。2号車5番個室は食堂車に最も近い部屋である。靴を履きドアに鍵を掛けてデッキに出ればもう食堂車のすりガラスのドアがある。あんまり早く行き過ぎて一番乗りというのはう~ん、…と少々躊躇した末にガラッと開け入口の引き戸を開けると、もう8割方入っていた。どうやら勝手知ったる人達が開店前から並んでいたようである。4人掛けテーブルに案内され「相席になるかもしれませんが…」去年はヒマそうにしていたのだが今日はクルーの人も大忙しのようである。その中の最年配の人は見覚えがある。去年も見た人であった。その他の人は変わっていたのだが…。
(食堂車「ダイナープレヤデス」)
本日のデザートは「クラフティ バニラアイス添え」であた。これとミルクティーを頼む。後のおじさんが「生ビール。何かおつまみはないの」と。「おつまみは無いんです」答えるクルーは大阪アクセントであった。トワイライトの食堂車はJR西日本フードサービスネット トワイライト営業センターの受け持ちで、クルーは大阪で乗って札幌に来て、また大阪に戻る、というシフトになっているらしい。夜間は3段式に改造された8、9号車の業務用室で仮眠を取っているそうである。デザートのクラフティが運ばれて来た。タルト生地の丸い器の中にクラフティが収まっている。それにバニラアイスとラズベリーソースが付いて粉砂糖がさらさらと。スプーンとフォークで食べていると苫小牧に着いた。再び原野の中を走る頃にはお皿の上も綺麗に無くなり、温かい紅茶と共にお腹へ収まってしまった。席を立ち、1340円の会計を済ませる。結局相席になることは無く、後から入って来たのは2人だけだった。
(ティータイム)
部屋に戻る。このあとは19時30分のディナーまで用事は無い。札幌では分厚かった雲も南千歳を過ぎる頃にはすっかり無くなり樽前山も頂上まで見えている。あの山の向うには日本一の透明度を誇る支笏湖が清冽な水を湛えている。先程から2号車にオリジナルグッズの車内販売が来ているようで売り子の声がする。3番スイートのお客さんだろうか、「4万円お預かりします」「340円のお釣りです」というのには驚いた。オリジナルグッズにはキーホルダーやクリアファイルといったものの他に、食堂車ダイナープレヤデスで使用している食器の販売がある。ホームセットなるものであれば6万円少々である。カタログ販売のため後日自宅に送られて来る。一つの部屋にかなり時間が掛かるようで中々回って来ない。次は4番個室。「失礼しま~す。オリジナルグッズの販売です」ガラッ。「あ~、お久し振りです」どうやらトワイライトの常連客らしい。「最近混んでるネェ…」「そうなんですよ。廃止になるって報道されてからはもう連日満員です」何を買ったのかと聞いていると、「お会計4万9000円です」と。「また後でディナーの時にお待ちしてます」と言ってやっとこの部屋に来た。4万も5万も買う余裕は無いし、大学生の一人暮らしでは使う人もいない。それでも一つ欲しいから2個組のティーカップを買う。勿論使うのは一つだけである。申込書に住所などを記入して渡す。注文が多くて届くまでに大体1ヶ月掛かるという。
そうしていると東室蘭に着いた。車窓左手に室蘭の大工業地帯や地球岬を見ながら列車は内浦湾に出る。トワイライトのA個室は北陸信越線内で日本海側になるよう大阪方面進行方向右手にある。そうではあるが通路との壁にも窓があってソファーに座ったまま左手の内浦湾を眺められる。この部屋のソファーは進行方向正向きのため特に良い。部屋によっては逆向きになる。北舟岡を通過した。西日を受けた海面はきらきら輝いている。ここから先函館線の森までずっと内浦湾沿いを行く。右手に昭和新山、有珠山がその山容を現すと、洞爺湖温泉の玄関口洞爺に着く。北海道内最後の停車駅で函館行きの特急「北斗12号」の追越し、下り貨物列車のすれ違い待ちのため10分程停まる。カメラを携えてホームに降りた。札幌より涼しい。青いDD51型重連はホームの端ぎりぎりに停車していて前からの撮影は出来なかったものの、ホームを見ていると後ろのB寝台車からぞろぞろ人が出て来る。一目で鉄道マニアと判る人達からおじさんおばさんまで老若男女を文字通り問わず。昨年は北海道の空気を吸えるのもここが最後か、といった風な人達がホームで伸びをしたり、ほんの数人のカメラ少年がうろうろしていたりしている程度だったのだが。
(内浦湾)
洞爺を出ると日が翳り始めた。日没まであと1時間少々である。夕日に輝く海面はほんのり茜色をしていた。トンネルに挟まれた小幌を過ぎ、赤い屋根と板壁の駅舎がある静狩を横目に長万部の広い構内を堂々と通過していった。
「17時30分からの第1回目ディナーのご用意が整いました」と食堂車からの放送が入る。日はもう山蔭に隠れてしまい明るいのは空ばかりとなった。八雲を17時31分に通過すると内浦湾も黒くなり月齢20くらいの少し膨らんだ月が中空に懸かっている。森を過ぎた頃、「暖房の電源を入れましたのでお部屋のスイッチを入れて頂きますと温風が出ます」と。札幌の昼は温かかったのだが夕暮れになりだんだんと冷えて来た。もう外は真っ暗である。砂原線に入ったのか左右の揺れが大きくなった。去年8月の時はこのあたりで西日を浴びた大沼小沼に駒ヶ岳が聳えていたのだがここで日暮れとなってはもう見えない。そう思いつつ部屋の明かりを全部消してみると、外がよく見える。大沼小沼の駒ケ岳も暗いながらはっきり見えた。こんな時間に部屋の中を真っ暗にする人はいないだろうが、外は確かによく見える。これぞ文字通り「夜汽車」である。
列車は五稜郭に向けて走っている。一度明るくした部屋をまた暗くすると函館山の灯台から市街地100万ドルの夜景までが暗い夜道に輝いていた。間も無く五稜郭である。「北斗星」と「カシオペア」は函館に停車して機関車の付替えを行なうが、トワイライトは一駅手前の五稜郭で機関車を付替え津軽海峡線に入る。そのため10分程停まる。下り普通列車の窓には珍しそうにこちらを眺める顔が幾つも並んでいた。
進行方向が逆になり江差線を行く。対岸の函館市街が再び暗闇に遠く浮かぶようになると、2回目のディナーの用意が出来たとの放送が入った。よし、行こう。ドレスコードは無いけれども服の具合を直して食堂車“Diner
Pleiades”の扉を開けた。
(ディナー券)
(テーブル予約券)
去年はがら秋だったのが今年は全てのテーブルが埋っている。余りにがら空きのため去年はグッズ売り場と化していた隅のテーブルまで年配の夫婦が座っている。2人掛けのテーブルに案内された。一人客はもう一人だけであとはワイングラスのよく似合う紳士淑女ばかりである。前菜は「フォアグラとフランス産きのこのソテー ヘーゼルナッツとオレンジの香り」、続いてのスープは「贅沢にトリュフを使ったポタージュ」。トワイライトのディナーは春夏秋冬と1年に4回変り、同じ夏でも毎年違っている。今秋は25周年と引退を記念して、秋らしく、きのこにスポットを当てたメニューだそうである。魚料理は「アワビの低温調理 トランペット茸とアメリケンソース」、肉料理は「黒毛和牛のステーキ 花付ズッキーニともち米のサフランリゾット」。クルー曰く「赤ワインがよく合うんですよ」「このワインは仏蘭西の大統領官邸晩餐会御用達の一級品です」だが生憎ワインは飲めないので本来ワイングラスがあるべき所には林檎ジュースがある。列車は青函トンネルを走っている。
(ディナー 肉料理)
去年はクルーの方が「いかがでしたか」と一人ずつ話し掛けていて、子供には「青函トンネルは53.85kmあるんよ。ゴミ箱って覚えてネ」等と言っていたし、厨房のシェフも2人だったような気がするけれど、今年は4人いて、クルーもみな忙しそうである。雑談をしている暇は無い。デザートは「フレッシュな洋ナシ シナモンのアイスクリームを添えて」。こうして食後の珈琲紅茶が出て来る頃には本州に入り津軽線を走っていた。
1時間半のディナーが優雅に終わり部屋に戻って来ると列車は青森に停車した。ドアは開かないが40分程停まり機関車を付替える。少々寒くなって来た。暖房のスイッチを入れたのだが中々暖まらない。神戸の実家と電話していたのだが「暖房?そんな寒いん?」もしや壊れたのではあるまいか。このままだと夜中が寒い。1号車の車掌室へ行って訊くと「あ、今電源切ってんのよ。8、9号車が暑なってまうから。また夜中にはつけるから」と大阪弁で返してくれた。車掌さんは青森で交代している。ここからはJR西日本の管轄である。まだ青森なのだが…。
(ベッド状態)
奥羽本線に入ると揺れが大きくなった。シャワーを浴びてそろそろ寝ようかと思う。20分間お湯の出るシャワーを浴びソファーをベッドに換える。中々の優れものでスイッチを押せばシーツをわざわざ掛けることをせずとも白いベッドが出来上がった。明かりを全て消して目を瞑った。レールの継ぎ目を拾う音が徐々に小さくなって行った。
目覚ましの音で起きた。時刻は6時05分である。朝のモーニングティーを持って来てくれるまでにあと10分程あるから顔を洗って身嗜みを整えておこうと思う。ドライヤーで撥ねた頭を乾かし終えると部屋の内線電話が鳴っている。食堂車への直通電話で、ルームサービス等を受けられるのだが、ハテ、何だろうか。「今から紅茶をお持ちしてもよろしいでしょうか」と。去年はこんな電話掛かって来なかったが。若しかすると一度来てくれたのにドライヤー使ってたりで聞えなかったのかもしれない。1分後に来てくれた。
(モーニングティー)
紅茶は魔法瓶入りである。それにしても部屋の中が暑い。暖房はさっき切ったのだが。「まもなく直江津です」6時25分着。ドアから顔を出してみると、暑い。約一週間秋先の北海道に居てすっかりその気候に馴れてしまい、昨日の朝と同じ様な恰好をしていたのである。
(朝食予約券)
JR西日本の北陸本線に入った。朝のミルクティーを味わいながら時折見える日本海の青い海原に目を洗う。生憎今日は曇っているが。6時38分に朝食の用意が出来たとの放送が入った。食堂車のドアを開けると「○○様ですね」と。3回目だし一人だし、A個室にいるし、若いし、すっかり覚えられたようである。朝食は和洋取り混ぜたコース料理で内容は昨年と同じであった。
(朝食 主菜)
オレンジを使った「飲むお酢」に始まり野菜を使った3種の先付け、丹波卵の半熟ゆで玉子、生姜とタイム風味のミニお粥と続き主菜は、きのこや野菜、肉料理のホットプレートである。デザートにはスープ仕立てのフルーツ&フロマージュブランが出て来た。食後のミルクティーを飲みながら親不知子不知の景観を眺めていた。ボリュームもあり心地よく部屋に戻って来ると7時30分からの朝食の案内をしていた。最終は8時15分である。
富山を出て山村の砺波平野を行く。倶利伽羅峠を越えると石川県である。外の景色はどうも息が詰まりそうである。道路は狭く細く家並みはぎっしり詰まり、田畑は小さく区切られている。本州はこんなに狭々としていたかなと思う。果てしなく続く畑や大海原の雄大と言うか大陸的な北海道に馴れてしまったからであろう。日本離れした北の大地はそれ故に人を惹き付けるのである。
金沢を出て暫くすると、9時15分から45分まで食堂車でグッズの販売をすると放送が入った。テーブルを使っての常設販売場を作る余裕が無かったからこうしたのであろうか。いや、そう言えば去年もこの時間に販売していたような気がする。ルームサービスを含めた食堂車の営業は10時までだそうである。芦原温泉で特急「サンダーバード14号」に抜かれる。停車駅が高岡、金沢、福井、京都、新大阪のみの速達型で大阪にはトワイライトより1時間16分早く着く。福井を出て20分程走ると全長13870mの北陸トンネルに入る。車掌の観光放送が入った。見所があるとその都度放送してくれる。トンネル内で部屋を真っ暗にしてみるとコンクリートの壁面がよく見える。10時36分敦賀着。機関車付替えのため16分停車する。長袖長ズボンの恰好でホームに出ると湿度が高く暑かった。機関車がいなくなっている間に作業員の人が展望室の大窓を拭いていた。
(サロンカー室内)
敦賀を出ると鳩原ループ線を登って行く。右に右にぐるりと一回転すると敦賀の街並みが眼下に広がり遠く青い日本海に別れを告げた。新疋田を通過し近江塩津から湖西線に入る。左の東側には竹生島を浮かべた琵琶湖が水を湛え、西の平山地との間には狭い田圃が収穫を終え、茶色く低くなっている。ちょっと部屋から出てサロンカーへ行こうと思う。天井まで回り込んだ大きな窓の下にソファが並びそこには大勢の人達が座っていた。去年は誰も居なかったのだが。乗務員手作りのスタンプを捺し、営業を終えた食堂車を通り抜ける。クルーは大きなスーツケースを出して伝票の整理をしていたり一休みに車窓を眺めたりしていた。クルーの朝食はカレーのようである。去年同じくサロンカーへ行くときにシェフが大鍋から白いご飯の盛られたお皿に分け入れているのを見掛けた。恐らく札幌行きのランチタイムに出て来るものと同じであろう。いい香りがしていて美味しそうだった。
大津京で後続の特急「サンダーバード16号」に抜かれる。時刻はまもなく正午である。日本坂トンネルを抜け、山科を過ぎると「北の大地北海道からのトワイライトエクスプレスの旅はいかがでしたでしょうか。数多くの思い出を乗せまして、東山トンネルを抜けますと、まもなく千年の都、京都に着きます」
京都で降りた人も少なからずいたようである。京都の西方で桂川を渡り山崎を通過する頃には「下りのトワイライトエクスプレスとすれちがいます」と放送が入ったけれど、いつまで経っても来ない。車掌さんが言うには「本日下りのトワイライトエクスプレスの運転は御座いませんでした。申し訳ありません」夏休み等の一部期間は毎日運行しているが、10月上旬の今日この頃は基本的に曜日指定の運転である。高槻茨木を過と快速電車と並行して走り始めた。丁度同じくらいの速度らしく、窓にはずっと同じ顔が並び揃ってこちらを見ている。子供に向って「ほらトワイライトだよ」と教える母親の姿もあった。東淀川のホームを掠めるとまもなく新大阪である。
「次は終着大坂です。お乗り換えのご案内を致します。大阪環状線は1番線2番線、JR神戸線、尼崎芦屋三ノ宮方面は5番線6番線…」列車は淀川の鉄橋を渡っていた。ゆっくり渡り終えると、「いい日旅立ち」が流れて来た。「今日はトワイライトエクスプレスをご利用いただきありがとうございました。トワイライトエクスプレスの旅はいかがでしたでしょうか。まもなく大阪に着きます」
新御堂筋を越えゆらゆらとポイントを渡り大阪駅のホームに入って行く。札幌から22時間52分、1495.7kmの長旅もあと数十秒で終着である。10月5日12時53分、定刻の到着であった。
(大阪にて)
もう二度と乗ることは出来ないだろうが、何回乗ってもいい長旅である。数多くの思い出を胸に抱いて、10月上旬の暖かい大阪駅のホームへ降り立った。
また乗りたいとは思いますが、一つの貴重な想い出としていつまでも残ることと思います。もう二度と「トワイライトエクスプレス」で北海道から帰って来ることは叶わないのでしょうが…
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