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2019年7月 2日 (火)

「令和」ゆかりの地、太宰府市坂本八幡宮

 新元号「令和」は、日本の歴史上初めて、日本の古典を出典とする元号として平成31年4月1日に菅官房長官が発表しました。古来より元号は中国古典から採られていたため、「元号所縁の地」は、中国大陸にはあれど、日本国内には存在し得ませんでした。それが「令和」は、万葉集を典拠にしているため、国内に、「令和所縁の地」が生まれました。

 その地は、福岡県太宰府市にあります。太宰府市は、その名の通り、太宰府天満宮のある街ですが、新元号令和ゆかりの地も、その大宰府天満宮のすぐ近くにあります。7世紀後半、奈良の大和朝廷は、九州の統治、及び防衛のため、太宰府政庁を設置しました。その規模は、平城京に次ぐものであり、一説によると、南北22条、東西24条の都市計画があったとも言われています。万葉集には「遠の朝廷」と詠まれています。

 天平2(730)年正月13日、大宰師(大宰府長官)であった大伴旅人の邸宅で、いわゆる「梅花の宴」が披かれました。当時、梅は唐から渡来した珍しい植物であったそうです。九州各地から官人が集まってきて、梅の花を愛でながら宴に参列しました。ちなみに、「太宰府」は、「大宰府」との表記もされますが、「点」の無い「大宰」は、官名を指し、地名の場合は「太宰」と書くのが一般的だそうです。

 当時の宴には、歌が付き物でした。多分にもれず、「梅花の宴」でも計32首の歌が詠まれました。これらの歌を記した書簡をもって大伴旅人は帰京します。帰京後、これらの32首は、万葉集の巻五に収録される運びとなりました。

 これらの歌の序文として、「初春の令月にして」で始まる一文が書かれています。原文は漢文ですが、書き下しても美文中の美文だと思います。

「初春の令月にして 気淑く風和らぎ

梅は鏡前の粉に披き 蘭は珮後の香を薫る」

 序文はまだ続きますが、この格調高い一文の「令」と「和」をとって、「令和」の新元号は生まれました。元号発案の学者名を政府が明かすことは絶対にないですが、これは、当該学者の権威が著しく高まるのを懸念してのことだとも言われています。個人的にこの元号は、綺麗な元号だ、と思いますが、周りも同意見の人が多かったです。

 今上天皇のご退位に伴う改元、というのは憲政史上初めてのことで、改元前後は祝賀ムードでした。日本史を学んでいるときに、世相が悪くなってくると、時の政府は「改元」という措置をとった、とありますが、この祝賀ムードを見ていると、改元するというだけで、言ってしまえばなにが変わる訳でもないのに、なんとなく新しい時代が来るのだから、という気になるのはよくわかる気がしました。「上皇」という字を見て、平安時代か、と思いましたが、日本史が大きく動く時代に生きていたことは嬉しく思っています。

2019_04280110 (都府楼前駅)
 さて、漸く本題です。本題とは言いつつも、今回はきっぷブログにあるまじく、きっぷはあくまでも「従」で、「主」は、令和の旅です。

「梅花の宴」が披かれた大伴旅人の邸宅がどこにあったのかは、これまた諸説ありますが、太宰府政庁のすぐ北西にある「坂本八幡宮」のあたりにあったとする説が有力だそうです。よって、この「坂本八幡宮」が新元号令和ゆかりの地、ということになります。

2019_04280111 (天神行き)
 改元に伴う10連休の前半に、福岡県を旅していた私は、天神から西鉄に乗って、都府楼前で降りました。太宰府市内の住宅地を10分ほど歩くと、太宰府政庁跡に着きます。一見すると広い公園のように見えますが、建物の基礎部分が出土しています。


2019_04280106 (太宰府政庁跡)
 改元に伴い観光客増が見込まれることを理由に、一部車両通行止めとされており、当該告知の看板には、「令和元年」の文字がありました。その道を少し歩くと、坂本八幡宮です。小さな神社で、普段は地元の人でも行かないような神社だったそうですが、この日は境内の外まで列が出来ていました。氏子会の方がテントを張って、観光案内をしていたり、「令和」の額縁を持たせて記念撮影をしていたりしていました。あまりの観光客の多さに、年配の氏子会の方が体調を崩されて改元直後から休止となったようですが。
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2019_04280103 (坂本八幡宮)
 神殿も小さく、一度に参拝できるのは2人まででした。改元を機に脚光を浴びるまでは、静かな社だったのだと思います。参拝後、多分に漏れず、私も「令和」の記念撮影をしていただきました。来年の年賀状写真はこれで決まりですかね、、、

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14300004 
 資料館に立ち寄ると、どこから来ましたか、と聞かれました。来館者の統計を採っていたようです。圧倒的に首都圏が多かったように思います。

 雨がぱらついてきたこともあり、「令和」の幟がはためく都府楼前駅から、天神行きの普通電車に乗り込みました。

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