« 星野リゾート ハルニレテラス | トップページ | 大阪市内→箱根湯本 »

2018年2月 3日 (土)

宇和島しおかぜ

 四国の予讃線には、特急「しおかぜ」が運転されています。昭和47(1972)年に、急行「いよ」を格上げする形で、特急「南風」と同時に運転を開始した、四国初の特急列車です。当初は、高松で宇高連絡船に接続し、高松~宇和島間で運転されていました。その後、昭和63(1988)年に瀬戸大橋が開通すると、岡山発着に改められ、高松発着は「いしづち」となりました。
 予讃線の電化が完成すると、振り子式電車の8000系が投入され、「しおかぜ」の大半は、同系にて運転されることとなりましたが、電化区間は、松山の西、伊予市までであり、伊予市から先、宇和島方面は非電化のままであったため、宇和島発着の一部列車は、気動車の2000系での運転が続いていました。
2008_08151100511(松山にて)
 しかし、宇和島方面と岡山を直通利用する旅客はそう多くないこと、同じ「しおかぜ」にも関わらず、電車と気動車で車内設備が異なることもあり、新型特急車両8600系が登場した平成28(2016)年3月のダイヤ改正で、特急「しおかぜ」は全列車が松山発着に改められ、宇和島直通列車はなくなりました。松山-宇和島間は、特急「宇和海」が1時間に1本ほど運転されています。これと同時に、気動車の2000系は「しおかぜ」「いしづち」から撤退し、同列車は、全て電車特急による運転となりました。
2008_0815110048(宇和島駅)
 前日の快速「ムーンライト高知」で、四国南部へやって来た私は、窪川から予土線に乗りました。もう10年も前のことになります。夏の蝉が鳴く四万十川の景色を眺めて、宇和島に着きました。宇和島は、闘牛や鯛飯の有名な城下町です。しかし、この時は、市内をゆっくり観光する時間もなく、昼食の駅弁だけ仕入れて、岡山行き特急「しおかぜ22号」の客となりました。1254発の宇和島から1413着の松山まで1時間ほどの道程です。宇和島には、このあと5年経って、また来ることになります。そのときは、市内観光の時間を取りました。
21100009
 お盆の最中の列車は満席でした。2000系を増結した長い編成で、このときは一部指定席がアンパンマン車両でした。列車は、宇和海の東側を走ります。その昔、清の李鴻章が「耕して天に至る」と形容した段々畑の温暖な地は、このあたりだったと伝えられています。
2008_0815110051(「しおかぜ」)
 列車は、伊予大洲(新谷)から、内子線に入りました。元々は、伊予長浜経由で瀬戸内海沿いを走る予讃線を経由していましたが、時間短縮のため、ローカル線であった内子線を軌道強化したうえで、新線を建設し、伊予市(向井原)に抜ける予讃線支線が昭和61(1986)年に開通すると、同線と一体となった運転が開始されました。ただ、内子線は路線名称としては残っており、そのため、新谷~内子間は、時刻表の、いわゆる「青線」(地方交通線)とされています。
 私は、この区間、殆ど居眠りをしていて何も憶えていませんが、列車はいつの間にか松山に着きました。列車はこのまま岡山へ向いますが、私はここで降りました。

 

 

 

« 星野リゾート ハルニレテラス | トップページ | 大阪市内→箱根湯本 »

特急券」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宇和島しおかぜ:

« 星野リゾート ハルニレテラス | トップページ | 大阪市内→箱根湯本 »