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2016年1月28日 (木)

急行「きたぐに」

 急行「きたぐに」は、大阪~新潟間を東海道本線、北陸本線、信越本線経由で結んでいた夜行急行列車です。平成24(2012)年3月のダイヤ改正で定期運行を終了し、その後約1年間は繁忙期のみの臨時列車として運転されましたが、翌年の年末年始の運転を機に名実ともに廃止されました。
2010_0815210011_2(583系急行「きたぐに」)

 車両は京都総合車両所の583系が使用され、定期列車時代は、自由席4両、グリーン車1両、A寝台車1両、B寝台車4両の10両編成所定で、繁忙期にはこれにB寝台車2両が加わり、12両編成で運転されることも多々ありました。B寝台は電車3段式で、A寝台は2段式、自由席車両は、勝手に寝台をセットしてしまう乗客がいたことから、ロックを掛けて、寝台の出し入れは出来ないようにしてありました。

2010_0815210007_2(ヘッドマーク 大阪にて)

 下りの新潟行きは、大阪発北陸方面の最終列車として、米原長浜敦賀方面に帰る通勤客の利用も多く、また明朝の新潟県内では6時過ぎの直江津あたりから、通勤客の利用があり、新津から先は快速列車になっていました。快速区間は自由席車両のみ乗車可能で、寝台車及びグリーン車は、急行区間から引き続き乗車している乗客のみ利用可能でした。上りは全区間急行列車で、これまた新潟県内最終列車として、北陸方面の朝一番列車として大阪方面に向かう通勤利用が多くありました。夜行区間を通しで利用する乗客も結構多く、高速バスより快適な移動手段として重宝されていました。しかし、583系の老朽化を理由に廃止と相成りました。現在では北陸本線が細かく分断されたため、たとえ583系が残っていたとしてもこのような列車が復活することはないだろうと思います。

Photo_3

2010_0815210016_2(A寝台車)

 私は、5年前の夏に一度だけ乗りました。南東北方面へ行くときに、大阪から新潟までの全区間で、A寝台下段の利用でした。お盆期間だったため、結構な混雑でしたが、寝台券は10時打ちをせずとも取れました。しかし、やはり繁忙期であることには違いなかったようで、12両編成での運転でした。B寝台も全て埋っていたようです。
2010_0815210017_2(サロネ581-1)

2010_0815210021_2(A寝台車車内)

 大阪駅11番線から発車し、私は寝台車だったので、通勤利用が実際どれくらいあったのか、などはよくわかりませんでしたが、彦根、米原と湖東の町に停まって行くたびに少しずつ降りて行ったのだと思います。米原では編成が長いため一部ドアカットを行なっていました。東海道本線の主要駅ですが、一部の乗り場はホームが短いようです。
2010_0815210019_2(A寝台ベッド)

 A寝台下段は幅106cmとかなり広く、客車B寝台より格段に快適でした。荷物はベッドの下に置けるので、その分また広く、米原か長浜を出る頃にはすっかり眠っていました。

Photo_4

 翌朝の放送は直江津からでした。新潟到着は8時半と、まだ2時間以上もあるので、そのまま寝ていて、長岡を出たあたりで起きました。そろそろ起き出した乗客も多かったようで、夜行列車の朝、という雰囲気の中、新潟平野の米どころを車窓に、新津に着き、ここからは快速列車になります。亀田だけ停まり、新潟には8時29分着でした。大阪から9時間程度です。寝台列車は快適でした。結果的にこの乗車が私の電車A寝台の最初で最後になりました。これから寝台列車が仮に出来たとしても、開放A寝台などという設備は多分出来ないでしょう。

 昨今、夜行バスが台頭する中、JRは逆に夜行列車削減を進めています。本線級であれば夜行貨物列車が走っているので、運行要員もある程度確保されている筈で、そうであるなら夜行列車を走らせても良いように思うのですが。バスは最近事故も多く、ここで信頼と実績のあるJRが参入すれば間違いなく競争に勝てると思います。価格が問題ですが、座席夜行にして、パックツアー形式にでもすればいいのではないかと。バス並みの値段設定にしても、夜行バスが連日ほぼ満員で走っている現実を見れば、採算は取れると思うのですが、、、

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