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2016年1月の6件の記事

2016年1月31日 (日)

東海道新幹線グリーン車

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 東海道新幹線には16両編成中、3両のグリーン車があります。普段は結構空いていますが、GWやお盆、年末年始等の繁忙期には、満席近くなります。私は、在来線のグリーン車なら何度でも乗ったことがありますが、新幹線グリーン車は滅多に乗りません。というか、今まで1回しか乗ったことないです。理由としては、乗車距離が長いため、グリーン料金がかなり高くなること、普通車が満席になる時にはまず乗らない、というか満席になっても、どの列車でも良ければちょこちょこ空席がある、ということが挙げられます。

 このきっぷを使って初めてグリーン車に乗りました。GWのラッシュで、東京行きの新幹線は朝からずっと満席が続いていました。これは、前日の夕方くらいにネットで空席を見張ること30分くらいで漸く見つけたものでした。

 ネット予約したため、JR九州のネット予約を使っています。全国どこでも大抵の列車は予約できるので、結構重宝しています。

 グリーン車は実際満席で、普段は絶対乗らないであろう子供連れも多くいました。私の隣は、若い男性で、起業でもしているのか、カウボーイみたいな雰囲気の人で、グリーン車が似合っていました。宮脇俊三が「グリーン車は似合うことが大事だ」と書いていますが、そんな感じでした。

 シートが重厚で、おしぼりが付いていたくらいのもので、別にサービスがいいわけでもなく、わざわざ高い料金を払って乗るほどのことでもないかな、と思いました。それに私はグリーン車に乗ると、そわそわして、全く「似合って」ませんので、、、

2016年1月28日 (木)

急行「きたぐに」

 急行「きたぐに」は、大阪~新潟間を東海道本線、北陸本線、信越本線経由で結んでいた夜行急行列車です。平成24(2012)年3月のダイヤ改正で定期運行を終了し、その後約1年間は繁忙期のみの臨時列車として運転されましたが、翌年の年末年始の運転を機に名実ともに廃止されました。
2010_0815210011_2(583系急行「きたぐに」)

 車両は京都総合車両所の583系が使用され、定期列車時代は、自由席4両、グリーン車1両、A寝台車1両、B寝台車4両の10両編成所定で、繁忙期にはこれにB寝台車2両が加わり、12両編成で運転されることも多々ありました。B寝台は電車3段式で、A寝台は2段式、自由席車両は、勝手に寝台をセットしてしまう乗客がいたことから、ロックを掛けて、寝台の出し入れは出来ないようにしてありました。

2010_0815210007_2(ヘッドマーク 大阪にて)

 下りの新潟行きは、大阪発北陸方面の最終列車として、米原長浜敦賀方面に帰る通勤客の利用も多く、また明朝の新潟県内では6時過ぎの直江津あたりから、通勤客の利用があり、新津から先は快速列車になっていました。快速区間は自由席車両のみ乗車可能で、寝台車及びグリーン車は、急行区間から引き続き乗車している乗客のみ利用可能でした。上りは全区間急行列車で、これまた新潟県内最終列車として、北陸方面の朝一番列車として大阪方面に向かう通勤利用が多くありました。夜行区間を通しで利用する乗客も結構多く、高速バスより快適な移動手段として重宝されていました。しかし、583系の老朽化を理由に廃止と相成りました。現在では北陸本線が細かく分断されたため、たとえ583系が残っていたとしてもこのような列車が復活することはないだろうと思います。

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2010_0815210016_2(A寝台車)

 私は、5年前の夏に一度だけ乗りました。南東北方面へ行くときに、大阪から新潟までの全区間で、A寝台下段の利用でした。お盆期間だったため、結構な混雑でしたが、寝台券は10時打ちをせずとも取れました。しかし、やはり繁忙期であることには違いなかったようで、12両編成での運転でした。B寝台も全て埋っていたようです。
2010_0815210017_2(サロネ581-1)

2010_0815210021_2(A寝台車車内)

 大阪駅11番線から発車し、私は寝台車だったので、通勤利用が実際どれくらいあったのか、などはよくわかりませんでしたが、彦根、米原と湖東の町に停まって行くたびに少しずつ降りて行ったのだと思います。米原では編成が長いため一部ドアカットを行なっていました。東海道本線の主要駅ですが、一部の乗り場はホームが短いようです。
2010_0815210019_2(A寝台ベッド)

 A寝台下段は幅106cmとかなり広く、客車B寝台より格段に快適でした。荷物はベッドの下に置けるので、その分また広く、米原か長浜を出る頃にはすっかり眠っていました。

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 翌朝の放送は直江津からでした。新潟到着は8時半と、まだ2時間以上もあるので、そのまま寝ていて、長岡を出たあたりで起きました。そろそろ起き出した乗客も多かったようで、夜行列車の朝、という雰囲気の中、新潟平野の米どころを車窓に、新津に着き、ここからは快速列車になります。亀田だけ停まり、新潟には8時29分着でした。大阪から9時間程度です。寝台列車は快適でした。結果的にこの乗車が私の電車A寝台の最初で最後になりました。これから寝台列車が仮に出来たとしても、開放A寝台などという設備は多分出来ないでしょう。

 昨今、夜行バスが台頭する中、JRは逆に夜行列車削減を進めています。本線級であれば夜行貨物列車が走っているので、運行要員もある程度確保されている筈で、そうであるなら夜行列車を走らせても良いように思うのですが。バスは最近事故も多く、ここで信頼と実績のあるJRが参入すれば間違いなく競争に勝てると思います。価格が問題ですが、座席夜行にして、パックツアー形式にでもすればいいのではないかと。バス並みの値段設定にしても、夜行バスが連日ほぼ満員で走っている現実を見れば、採算は取れると思うのですが、、、

2016年1月16日 (土)

三ノ宮駅西口みどりの窓口

 JR三ノ宮駅は、神戸市の中心駅です。市役所や繁華街も近く、「神戸」駅よりも乗降客は多く、賑わっています。神戸市の中心駅に相応しい駅ビルを建てようという計画もあります。阪神阪急地下鉄の接続駅ですが、その内、阪神電車の三宮駅はなんば線開通による近鉄直通電車乗入れを契機に大改装を行ない、明るく小奇麗な駅に生まれ変わりました。阪神三宮は地下街の「さんちか」の中にあります。一方、阪急電車の三宮駅は阪神大震災後に仮設した駅舎が20年以上経った今でもそのまま使われ続けており、最近になって漸く、高層ビルに建て替える計画が出されました。それに追随する形でJRも改築計画を出しています。
Dscf5130(西口のみどりの窓口)

 さて、JR三ノ宮駅は東口、中央口、西口を有しており、その内、東口と中央口はすぐ隣にあります。みどりの窓口は中央口にあります。こちらは窓口が4つで、それに並んで「みどりの券売機」(東日本でいうところの指定席券売機)が2台置いてあります。

 一方、西口はフラワーロードという大通りを挟んで、阪急三宮東口に隣接しています。阪急とJRは駅の位置が若干ずれていて、阪急の方が西にあるため、JRの西口と阪急の東口が同位置になっています。この西口にも改札前に窓口があります。こちらは2窓の小じんまりとした所です。入口横にはみどりの券売機もあります。
Dscf5131_2(営業終了のお知らせ)

 この西口窓口が、1月31日で廃止され、「みどりの券売プラス」に置き換えられます。「みどりの券売機プラス」とは、通常のみどりの券売機機能に加えて、通信回線を通してオペレーターと会話しながらきっぷを買える、というもので、指定券の乗変、払戻、各種証明書の必要なきっぷの購入も出来ます。通信せずに指定券を買うことも出来るので、一々待つ必要もない、というものです。
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 私がたまたま西口を通り掛かった際に、上のような張り紙を見付けたので、どうせ必要な東京行きのきっぷを買いました。発券箇所は「三ノ宮@6」で、西口を示す記号はありませんでしたが、中央口は「@4」までしかないので、西口だということはわかります。置き換わったらまた何か買ってみようと思います。
 きっぷに、新大阪での入鋏印が二つ押されているのは、一度入場後手持ちの乗車券が誤発券だったということがわかり、一旦出て、窓口で変更してもらったあと、もう一度入場したためです。一回目は誤発券の乗車券を併用したため、自動改札に撥ねられ、それで係員に見せると、駅員氏も「おかしいな」と言いつつ、印を捺しました。精算所で聞くと、やっぱり誤発券でした。

2016年1月 3日 (日)

急行「はまなす」

2010_0720200232_2(青森にて)
 急行「はまなす」は、青森~札幌間を結ぶ夜行急行です。現在ではJRグループ最後の定期急行列車となり、また、最後の定期客車列車となっています。青函トンネルの開業した昭和63(1988)年3月13日に運行を開始したJRの急行列車です。由緒正しき急行列車の様に思われがちですが、国鉄時代を知らない列車です。青函連絡船の夜行便を受け継いだダイヤとされました。運行当初は座席車のみの5両編成でしたが、その後、B寝台車の連結、カーペットカー、ドリームカー(いずれも指定席)の連結と続き、現在、所定の編成はB寝台2両、自由席2両、カーペットカー1両、ドリームカー2両の計7両です。
2010_0720200240(青森にて)

2010_0720200249(寝台車)
 客車は主に、急行「ニセコ」の旧型客車置換用に札幌運転所に大量配置された北海道仕様の14系500番台客車を使用しています。寝台車は24系です。一部は電源装置を装備し、14系に編入されています。自由席車両はストッパー付簡易リクライニングシートのままです。連休中や夏休み、年末年始等の繁忙期には最大12両まで増結されます。この場合、B寝台3両、自由席3両で、あとはカーペットカー、ドリームカーを含め指定席車両となることが多いです。
 運行開始以来、本州と北海道を結ぶ夜行急行列車として人気を保って来ましたが、今年3月26日の北海道新幹線開業に伴い、青函トンネルを通れなくなるため、廃止されることが決定しています。改正後は、札幌発青森行きの代替として札幌~東室蘭(室蘭)間で特急「すずらん」が運行されることになっています。早朝札幌着の列車については代替列車はありません。この列車の廃止によって、青函連絡船時代から続いて来た青函夜行は幕を下ろします。
2010_0720200265_3(急行「はまなす」札幌行き)

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 私は、5年前、高校生だった頃、神戸から北海道へ渡るのに往復とも乗りました。7月の海の日連休を使っての3日往復の強行軍で、新大阪6時丁度の新幹線で東京乗換、秋田、五能線経由で青森まで行きました。22:42発の急行「はまなす」は私にとって、最初の寝台車でした。行きは上段しか取れず、発車前の青森で下段に変更を試みるも満席でした。指定された寝台のボックスに入り、梯子を登ってカーテンを閉めると、そこは幅70cm、高さ95cm、長さ190cmの狭い空間ながらも自分専用のスペースで、通路の屋根裏には荷物置きまであり、その機能性の高さに感心しました。それと同時に少しカーテンを開けると、下の通路まで結構な高さがあり、怖かったのも事実です。
2010_0720200252(B寝台入口)

2010_0720200257(上段寝台)
 青森を発車し、客車列車独特の「ハイケンスのセレナーデ」を聞きながら、座席夜行とは違う雰囲気を感じ、寝台に横になると、青函トンネルに入る頃には、すっかり夢の中に入りました。目覚めたのは、苫小牧あたりだったと思います。上段の小さな窓から外をみると、そこには、本州とは比ぶべくもない、広大な勇払原野が広がり、北の大地に来たのだと思いました。千歳を出て、次第に市街地に入って行くと、札幌も近いです。夏だというのに湿度も低く涼しい、北海道の玄関口、札幌駅に着いた時の感動は今でも忘れません。
2010_0720200271(札幌にて)
 伊丹空港から新千歳空港に飛べば、それこそ2時間も掛かりませんが、青森からの夜行寝台で北海道に上陸したからこそのものだったと思います。今でも、基本的に北海道へ渡るときは青函トンネルをくぐっていますが、東京から新幹線に乗っても半日以上かかる札幌というところはそれだけの時間を掛けて行くべき所であると思います。
 この列車が無くなると、いわゆる「B寝台」という設備を持った列車も無くなります。これが私にとって結果的に、最初で最後の開放型B寝台列車の旅になったと思います。個室寝台とは違った、古い時代の良さがあったような気がします。

2016年1月 2日 (土)

中央線料金回数券

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 中央線料金回数券は、首都圏の中央快速線を走る特急「かいじ」「あずさ」「スーパーあずさ」等に有効な自由席特急券の回数券です。発駅は「錦糸町・東京~新宿」、着駅は「立川・八王子」、「大月」、「甲府・竜王」となっているものと、発駅「立川・八王子」着駅「甲府・竜王」となっているものの計4区間に設定されています。普通乗車券や定期券・普通回数券と併用することを前提とした4枚綴りの企画きっぷで、有効期間は1ヶ月です。

 このブログでも何回か書いていますが、中央快速線の慢性的な混雑を嫌って、新宿~立川という短距離でも特急列車を利用するする人が多くいます。車内精算をする人が大半ですが、立川までの短区間だと、自由席車両の乗客全員分終るかどうか、というギリギリで、たまに検札無し、ということすらあります。毎回510円払わずに、少し安いこの回数券を買ってもらって、車内精算を減らそう、という目的でしょうか。ただし、この回数券は指定席券売機限定発売となっています。

 「錦糸町・東京~新宿⇔立川・八王子」の区間だと、正規で510円、この回数券で1枚あたり480円であまり安くはありません。それを知ってか、立川の駅広告には「便利」とは書いてありますが、どこにも「安い」とは書いてません。

 指定席券売機では一度に5冊まで買えました。5冊だと20枚なので、ほぼ1ヶ月分です。帰りだけ特急に乗るとすれば平日はほぼ全て補えます。あんまり使っている人は見ないですが、、、1週間に1回は乗らないと使い切れないので、それがネックになって買わないのかもしれません。1枚分無理して使うくらいなら、毎回510円払った方がいいですし。よく使う人にしてみれば、確かに毎回小銭を用意したり、お釣りが増えたりすることも無いので、確かに便利です。

2016年1月 1日 (金)

分倍河原駅発行の往復補充券

【新年明けましておめでとうございます】
 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。不定期更新ながら記事を書いて続けていくつもりですので、気長にお付き合い下されば幸いです。

【分倍河原】
Dscf5039(分倍河原駅)
 分倍河原は南武線の主要駅の一つで、昨年3月の改正から全区間通過運転を行なうようになった快速も停まります。京王電鉄京王線との乗換駅で、駅舎は共同使用、管理は京王電鉄が行なっています。改札はJRと京王で分れていますが、乗換専用の改札があります。その内、1箇所は出口と共用の所にありますが、もう1箇所は京王下り線へのホーム直通で、こちら側に出口はありません。駅前は狭い路地が入り組んでいて、駅前のビルに飲食店などが入っていて、かなり狭々としていますが、、、
 私鉄管理駅のため、JRのきっぷは券売機のみでの発売ということになっています。みどりの窓口は無く、指定券、特急券等の発売はしていません。ですが、京王の定期券売り場で、JRの長距離乗車券を発売しています。マルス端末は無いため、窓口には貼り紙がしてあります。
Dscf5056(京王の定期券売り場)
「当駅は京王電鉄運営の業務委託駅のため、下記のJR線業務のお取扱いはしておりません。
・Suica(カード・定期券)の発売・再発行・払戻
・当駅以外からご乗車になる乗車券・回数券の発売
・特急券・指定席券・特別企画乗車券類の発売
・Suicaへのポイントによるチャージ
・すでに発売した乗車券類の変更」

 これだけ読むと、「じゃあ一体何が出来るのか」と一瞬思ってしまいますが、2番目をよく読むと、当駅「以外」は発売不可、ということにしてあります。即ち、「当駅発」の乗車券・回数券は発売出来る、ということです。これが出来ないと、券売機で近距離のきっぷすら買えない、と言うことになりますので、当然と言えば当然です。一般の利用客にしてみればこれで十分です。
 種明かしをすると、券売機で買えない長距離の乗車券は、京王の定期券窓口で売ってくれます。上で述べた様に、マルス端末は無いため、補充券による手書ききっぷの発券になります。ただし、売ってくれるのは、分倍河原発で発売当日から有効の乗車券だけです。前売りはしていません。この条件さえ満たしていれば、区間無制限で作ってくれます。
 そういう話を聞いていたので、帰省の乗車券をここで買うことにしました。朝の9時半頃に行って、

私「あのぅ、この学割の乗車券買いたいんですけど、、、」
一般人を装って、神戸市内までの学割証を出しました。
窓口氏「乗車券だけならウチで作れますけど、新幹線特急券は自由も指定も売れないんです。一緒にご購入でしたら、府中本町でお願いします」
お断りされそうだったので、もうちょっと粘ります。
私「え、でもきっぷ買わないとダメですよね?」
窓「改札係員に言ってもらえれば、きっぷは要りません」
 そうなんですか。府中本町まできっぷを買いに行くなら、タダで通してくれるそうです。乗車票か何かを渡すのでしょうか。これはちょっと気になりました。

私「いや、でも、立川行っちゃだめですか。立川ならどうせ通るからいいんですけど、府中本町じゃあ逆向きなんで…」
立川でもいい、と言われたら諦めるつもりでした。何せ「一般人」なので。
どっかに電話で確認していましたが、ダメだそうです。
私「じゃあ、特急券は東京駅で買いますので、乗車券だけ作ってもらえませんか」
窓「わかりました。でも、運賃調べて、手書きのきっぷになるのでお時間かかりますけどいいですか」
Epson041_3
 いいです、と答えると、机の引き出しから往復補充券の束を取り出して来て、いろんなファイルめくって調べていました。往復割引に学割効かせようとしてるし、これはどう考えても面倒です。それで、1回運賃間違えて、確認のためにもう一回窓口氏が調べて、間違いとわかり、漸く、ボールペンで券面に必要事項を記入して発券と相成りました。別に悪いことをしているわけでは無いんですが、これだけ大変なのを見ると、悪いことを頼んでしまったように思いました、、、
 それで普通に往復とも新幹線に乗って新神戸まで往復したんですが、東京駅乗換改札口の駅員氏が、このきっぷを見て、う~ん、と唸って、もう一回じーっと見て、「ハイ、どうぞ」と言ったり、無効印貰おうと申し出たら、若い駅員氏が往路をちぎろうとして、首を傾げて、「いや、ちぎったらアカンなぁ」と独り言を言って、やっぱり止めてくれたり、分倍河原と同じく南武線の矢川駅でちょっと野暮用のため、途中下車を申し出たら、年配の駅員氏が「ホゥ、分倍河原か」とか言って、じ~っと見ていたり、と使っていて中々面白いきっぷではありました。

 

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