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2015年12月の8件の記事

2015年12月31日 (木)

「SL函館大沼号」

2014_080730_0283(函館にて)

 「SL函館大沼号」は、函館~森間を走るSL列車で、主にゴールデンウィークと夏休みに運転されています。往路の森行きは大沼から大沼公園経由で走りますが、復路は、砂原支線を通り、大沼で一旦スイッチバックして、大沼公園まで行き、引き返して函館に至ります。冬季は函館~大沼公園の往復で、「SLはこだてクリスマスファンタジー号」として走っています。全区間で補機としてディーゼル機関車のDE10形(茶色塗装)が後ろにくっついています。蒸気機関車はC11形で、森には転車台が無いため、復路の函館行きは逆向きでの牽引になります。客車は旭川運転所の14系3両にスハシ44-1(一部カフェカー)の4両で、それに車掌車が付きます。車内には様々な装飾がしてあり、車掌氏や客室乗務員はレトロな制服を着ています。
Sl

2014_080730_0287(サボ)

 私は昨年の8月に函館→森間の全区間で乗りました。函館発車は9時前と、SLにしては早目ですが、夏休みということもあって、車内はほぼ満席でした。3号車の指定席を確保していましたが、この車両は旧型客車スハシ44です。網棚は、本当の「網」でした。ボックスの他の3人は函館のおばちゃん3人組でした。

 函館を出ると、暫くは市街地の中を走りますが、来年3月26日には新函館北斗と改称される渡島大野を出ると、山中に入ります。トンネルを出ると、おばちゃん曰く「標高が違うから、だいぶ涼しいでしょ」。「私らが学生の頃は毎日こんな汽車で通ってたんよ」と昔の話もしてくれました。そのおばちゃん3人組は大沼公園で降りて行きました。このおばちゃん達だけでなく大半の乗客がここで降りました。駅前から観光周遊ルートがあるみたいです。ログハウス風の駅舎でリゾート感がありました。

 駒ヶ岳を左に見ながら、列車は山を降りて行きます。どっかの駅で特急「北斗」とすれ違いました。「北斗」の方が、この列車を待っていました。ちょっと遅れていたのかもしれません。貨物列車とも頻繁にすれ違いました。やはり函館本線は本州対北海道の大動脈なのです。
2014_080730_0329(旧型客車スハシ44車内)

Sl_2(記念乗車証)

 姫川を出ると、右手に明るい内浦湾が見えました。そうするとまもなく終点の森です。森に着くと機関車はすぐ外されて、給水塔に向いました。駅を出て右手に少し歩くと、側線で休んでいるSLの姿を見ることが出来ました。知っているのか、結構な人が来ていました。
2014_080730_0321(車掌車の車内)
2014_080730_0359(森にて整備中のC11)

 北海道地区のSL列車は釧網本線の「SL冬の湿原号」を除いて今後は運転されないことが発表されています。国土交通省が、過密線区における機関車には例外なく新型ATSの設置を義務付けたのですが、JR北海道にはSLの保安装置を大改造してそれに対応する資金力が無いこと、また、北海道新幹線の開業準備に追われてSLどころではないこと、昨今多発する事故対策としての安全性向上に専念するためだそうです。北海道新幹線開業後も残っていれば間違いなく観光資源の一つになったと思うのですが、、、

【年末です、、、】

 年末の大晦日になりました。今年の3月にこのブログを書き始めて、途中で止めてしまうことなく、何とか年を越すことが出来ました。中々定期更新という訳に行かず、申し訳ありません。不定期更新で、更新が長らく途絶えるようなこともありましたが、それでもずっと見て下さっている方がいるというのは非常に嬉しい限りです。ありがとうございます。来年もこんな感じで続けて行こうと考えておりますので、ご贔屓にして頂けたらと思います。それでは、よいお年を。

2015年12月30日 (水)

特急「スーパーカムイ」

2014_100531eos0563(789系 旭川にて)

 特急「スーパーカムイ」は、札幌~旭川間を函館本線経由で結ぶ特急列車です。元々は北海道初の電車特急「ライラック」という名称でしたが、その後、785系の登場により、一部が「スーパーホワイトアロー」となり、2007(平成19)年10月1日から両列車が統合され、「スーパーカムイ」となりました。1986(昭和61)年まで急行「かむい」という列車が同区間で運転されていました。電車化された後の「かむい」は札幌~旭川間を1時間36分という俊足で結び、その表定速度は国鉄急行列車最速で、当時の特急と比べても遜色無いものでした。
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 現在の「スーパーカムイ」は、早朝の列車を除き、最高時速120km/hで、同区間を1時間25分で走ります。以前は130km/hで走っていましたが、近年のJR北海道の安全輸送体制強化策で減速させられています。それでも、殆どの区間が直線の函館本線のため、所要時間は左程変っていません。札幌発は毎時00、30分と決められ、北海道第一と第二の都市間輸送に従事し、用務客から札幌へ出掛ける人達までが大勢利用し、ほぼ満席状態でいつも走っています。

 一部の列車は札幌から先、進行方向を変えて、千歳線方面新千歳空港まで快速「エアポート」として乗入れていましたが、来年3月のダイヤ改正で直通運転を取りやめ、全列車が札幌~旭川間の運転となります。

 列車は5両編成で、4号車が指定席「uシート」である他は全車自由席です。車両は785系と789系1000番台が共通運用されています。
2014_080730_0844_2(785系 旭川にて)

 私は、札幌~旭川間の移動でよく使います。この区間は普通列車の本数が少ない上に、時間がかなり掛かるので、大体いつもこの列車に乗ります。旭川~深川という短距離でも何回か利用しました。短距離利用者も結構います。深川から留萌線に乗り換えたり、そのまま降りたり、と様々ですが。指定席は床がカーペット敷きで、グリーン車並みの設備です。いつ乗ってもほぼ満席です、、、客層は、サラリーマンが圧倒的に多いです。

 来年のダイヤ改正で、北海道内は減便に次ぐ減便が断行されるようですが、この列車は、現在1時間29分運転の列車を1時間25分運転にしたり、札幌と旭川の発車時刻を00、30分に揃える等、充実させることが発表されています。



2015年12月29日 (火)

快速「風っこ奥久慈清流ライン」

2014_0517_0087_2(快速「風っこ奥久慈清流ライン」)
 「風っこ」は、キハ48形気動車を改造して2000(平成12)年に登場したトロッコ気動車です。2両編成で、JR東日本仙台支社小牛田運輸区所属です。2両とも、側面を大きく開けて、柵を設けただけの構造になり、外の風を体で感じることの出来る列車です。車内には木製ベンチのボックスシートが並び、各ボックスにはテーブルも備えられています。冬季や雨天時には窓ガラスをはめて通常の列車と同じように走ることも出来る他、急な天候不順の際には開口部の下(上?)からビニール製の雨除けが出て来るそうです。ただ、目の細かいビニールだそうで、眺望は全く期待できず、湿度が上がり車内は蒸し風呂状態になるとかならないとか、、、

冬季に運転される時には、車内のだるまストーブに実際に石炭で火を入れて、「風っこストーブ~」という列車名で運転されています。私は乗ったことがありませんが、結構暖かいそうです。

 仙台支社管内だけでなく、この列車は、JR東日本管内及び第三セクター路線で、頻繁に運転されています。JR東日本にジョイフルトレインは数多くありますが、トロッコ車両は当編成だけなので、春から秋にかけてのシーズン中はあちこちで引っ張りだこです。首都圏近郊にもよくやって来ます。

 快速「風っこ奥久慈清流ライン」は、水郡線の水戸~常陸大子間で運転される列車です。常陸大子には、袋田の滝という有名な観光名所がありますし、川では渓流釣りが楽しめます。私は昨年の4月に乗りましたが、春、夏、秋とここ最近、当該列車は年3回程運転されているようです。
2014_0517_0035(袋田の滝)

 昼少し前くらいに常陸大子に着いて、駅前から無料の観光周遊バスに乗りました。このバスは、「観光SLバス」と称して、SLの外観を模した車両に、シュッシュという煙の音まで再現されています。誰でも無料で乗ることが出来、土日祝日及び特定期間内に常陸大子駅~袋田滝本間で運行していましたが、大子町観光商工課によると、4月から運休しているそうです。検査の為なのか、廃止なのかはちょっとよくわかりません。
2014_0517_0065_2(観光SLバス)

 袋田の滝を見た後、茶屋で鮎の昼食を食べ、またSLバスで駅に戻りました。丁度駅近くで、「常陸国Yosakoi祭り」が開催されていました。

 それで、駅に戻り、14:01発の快速「風っこ奥久慈清流ライン」に乗ります。びゅうの旅行パックで混み合っているのかと思いきや、乗客は1両あたり10人程度とがらがらでした。パックは往路のみ利用だったのかもしれません。観光するには、復路の発車時刻が早いので…

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2014_0517_0089(常陸大子にて)
 天気も良く、終点の水戸まで約2時間、心地よい風に吹かれていました。常陸大宮あたりまでくると大分開けて来ますが、それまでは久慈川の渓谷沿いに走ります。水戸のベッドタウンとなった沿線の宅地や農地を眺めながら、上菅谷着。ここで常陸太田発水戸行きの普通列車に先を越されます。そのため、えきねっとや指定席券売機で、この列車の指定券を買おうとすると、上菅谷で当該普通列車に乗り換えるような検索結果しか出ませんでした。何らかの補正操作が出来るのかもしれませんが。

2014_0517_0090(トロッコ車両)

2014_0517_0098(車内)

 上菅谷から先は宅地の割合が増えて来ます。水戸には16時過ぎに着きました。大半の観光列車であればこれくらいの時刻に復路の発駅を発車した頃です。少しく早いような気がします。しかし、常磐線の普通列車で上野まで2時間、特急でも1時間弱であることを考えると、丁度良いのかもしれません。

2015年12月28日 (月)

音威子府駅

2013_080823_0422 (音威子府駅)
  JR北海道の一部の駅では、硬券の入場券を恒常的に発売しています。記念きっぷ代りなのでしょうか。まあ確かに「硬券入場券あります」って窓口に書いてあれば、買っちゃう人も多いと思いますので、多少なりとも経営改善にはなるのかな、と。
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音威子府駅も硬券を発売している駅の一つです。宗谷北線の中程に位置する駅で、かつては天北線と宗谷本線の分岐点で、機関区まで擁する大規模な駅でした。その天北線もJR化後すぐの1989(平成元)年に廃止され、当駅は普通の中間駅になりました。今では宗谷北線の列車が発着する他、天北線転換の宗谷バスが駅前に発着し、バスの案内所もJRの窓口と並んでいます。
 
駅が所在するのは音威子府村です。「村」であるにも関わらず、全列車が停車します。特急「スーパー宗谷」も「サロベツ」も停まります。JRの特急列車が停まる駅の所在する自治体の中では、最も人口の少ない村だそうです。当駅で系統分離される普通列車も多くあります。駅の裏手にはJRの社宅が数棟あり、SL用の給水塔等も残っています。
2013_080823_0425(駅舎内)
 
駅舎は木造で1990年(平成2)年に村の予算で交通ターミナルとして整備されました。中には天北線資料室もあります。有名な「常盤軒そば」も営業しています。ここのそばは蕎麦の実を皮ごと挽いているため麺が黒いです。蒸気機関車が走っていた時代からあるそうで、かなり年配のご夫婦がやっておられます。
 
駅員配置は、8時20分~16時40分で、みどりの窓口もある直営駅です。私が訪れた時には若い人が一人だけいました。「入場券を」と言うと、「機械のと硬いきっぷとありますが、どっちにされますか」と訊かれました。他にも何人か買っている人を見掛けました。
2013_080823_0424(常盤軒そば)
 
音威子府で1時間半近く停車する稚内発名寄行きの列車に乗っていたので、発車時刻まで駅周辺をうろうろしてみたり、蕎麦を食べたり、天北線資料室を覗いていたりしていました。それで列車に戻り、時間になって発車すると、さっきの駅員氏が駅舎から出て来て、列車の乗客に向って一礼しました。幹線ではありますが、古き良きローカル線の味を残した駅だったと思います。



2015年12月27日 (日)

「経由:‐‐‐」山手表記なしの乗車券

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 渋谷→代々木の何の変哲も無い乗車券です。強いて言えば、吉祥寺の指定席券売機がMV50型に更新されていたことくらいでしょうか。八王子支社管内で乗降客数が立川、八王子に次いで多い主要駅(にも拘らず特快は通過しますが…)ですからこれに不思議はありません。

 注目するべきは経由表記です。「‐‐‐」となっていて本来表示されるべき「山手」が入っていません。見りゃわかる、だから書かない、ということかもしれませんが、一駅だけのきっぷであっても経由は律儀に表示してあるものです。一体何なのか、と考えた結果、長距離乗車券にも適用される山手線近辺の特例が思い浮かびました。

 山手線全線と、中央線の神田~代々木間、東北本線の日暮里~尾久~赤羽間及び田端~王子~赤羽間、赤羽線全線の区間を通過する場合は、実際に乗車する経路に拘らず、最短距離で運賃料金等の計算をすることになっています。
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 例えば、上の乗車券の場合ですと、実際に乗車するのは、常磐線・日暮里・山手線・神田・中央線・新宿・中央東線ですが、運賃計算は最短距離となる常磐・日暮里・山手・新宿・中央東で行ないます。日暮里~新宿の「山手」は省略されています。実際に山手線に乗るかどうかははっきりしないから、書かないという方針なのでしょうか。

 これと同じように、短距離であっても、「山手」の表記がなされない区間だけを買うと、省略されて「‐‐‐」となるのではないかと推測しています。実際の所はどうなのでしょうか。マルスの口座発売機能とやらを使うと、省略されて、一つ一つ入力すると出て来る、とか何とか聞いたこともありますが、この乗車券は指定席券売機で買ったものなので、何ともわかりません。

 

2015年12月22日 (火)

381系特急「こうのとり」

2014_0907_0001(三田にて)
 特急「こうのとり」は、新大阪~福知山・豊岡・城崎温泉間を福知山線経由で結んでいます。季節限定で、福知山発着列車の1往復が京都丹後鉄道(旧:北近畿タンゴ鉄道KTR)の天橋立まで延長運転しています。兵庫県北部の城崎温泉等への観光客輸送と、大阪神戸と兵庫県北部各都市間輸送、及び、福知山線沿線から大阪方面へ向かう通勤通学輸送を担っています。

 元々は特急「北近畿」という名称で、国鉄末期の1986年ダイヤ改正で誕生しました。これは福知山線宝塚~福知山間及び山陰本線福知山~城崎(現:城崎温泉)間の電化開業によるもので、それまでの気動車特急「まつかぜ」や急行「丹波」「だいせん」を統合したものでした。車両は当初から485系を直流化改造した183系が使用されました。この183系は車体構造が東日本に既に存在していた183系と似ていたため、番台区分のみで派生させた形式で、元は485系そのものです。そのため、485系とは併結出来ても、東日本の183系とは併結出来ないという妙なことになりました。実際は両者が出会うことは通常ありませんでしたので、大きな問題にはならなかったと思いますが。

 その後、2011(平成23)年3月のダイヤ改正で福知山線の特急「文殊」、「タンゴエクスプローラー」を統合する形で、「こうのとり」と名称変更がなされました。それと同時に、新型の287系が運用を開始し、183系は2013(平成25)年3月に運用離脱しました。それに代わって、2012(平成24)年6月1日から元日根野電車区の381系が福知山電車区に転属の上、運用に入りました。この381系は6連モノクラス編成及び元特急「くろしお」用の編成(非パノラマ編成)です。モノクラス編成は先に運用を離脱し廃車されました。この381系も今年10月31日を以て、289系(683系2000番台を直流化改造したもの)によって置き換えられました。
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 381系の「こうのとり」に乗ったのは結局1回だけでした。家族で天橋立に行った時に、三田→福知山間で乗りました。休日ではありましたが、9月の閑散期であったため、自由席利用にしました。4両編成の短い特急で、1号車は全室グリーン車(乗客ゼロ)、2号車は指定席、3、4号車が自由席でした。私たちは4号車に乗りました。乗ってみると、座席はストッパー付の簡易リクライニングで、今の時代、お世辞にも快適とは言いかねる設備でした。新鋭の287系とは比べ物になりません。福知山線内では角度を限定して振り子機能を使用していたそうですが、それには気付きませんでした。若干の用務客と観光客が乗っていただけで、空いていました。

 福知山まで1時間弱乗って、降りました。381系自体は特急「やくも」でまだ現役ですが、あちらはリニューアルがなされ、かなり居住性は良くなっています。

2015年12月12日 (土)

「南武線矢川駅」

 矢川駅は、南武線の立川~分倍河原間にある駅です。所在地は東京都国立市になります。駅周辺は閑静な住宅街が広がっていて、駅前に商業施設がある他は、普通の中間駅です。平成27年3月改正で南武線の快速運転区間が川崎~立川の全区間に拡大された結果、当駅は快速通過駅となりました。少し古い統計ですが、平成25年の乗降客数は7891人でした。

【「南武線矢川駅」発行の乗車券】
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 当駅は、元々地上駅舎でしたが、平成23年3月21日から橋上駅舎の新駅舎が共用を開始しました。それと同時に、地上駅舎時代にはあった、みどりの窓口が無くなり、指定席券売機のみの設置となっています。

 ここまでは、首都圏各地で見られる現象で、特に珍しくもないんですが、ここの指定席券売機で発券したきっぷの発行箇所が、「南武線矢川駅」となり、何故か、「南武線」と線名まで入ります。私の知る限り、線名が入るのはここ以外にありません。恐らく皆無だと思われます。他に「矢川」という駅でもあればわからなくもないんですが、同名の駅はありません。
Dscf5050(矢川駅外観)

 しかも、みどりの窓口があった時は、MEM端末が設置してあったそうなのですが、この時は普通に「矢川駅MEM」となっていたようです。どうやら指定席券売機設置後の現象と思われます。同業者の間でも、これは未だに謎なようです。
Dscf5051(当該指定席券売機)

 当該指定席券売機は、近距離券売機の横に鎮座しています。端末は感熱印字のMV35型と思われます。他の駅に置かれているものと何ら変わりません。駅員は常駐していて、自動ドアのついた駅事務室の中に案内用のカウンターを備えています。この案内カウンターが乗降客数の割には結構広くて、Suicaの処理等の時には風も吹きこまず、快適なのは間違いありません。
Dscf5052(改札口前)
 ただ、これだけのスペースがあれば、窓口も十分設置出来るだろうなぁ、とは思いました。南武線の府中本町~立川間の各駅に窓口のある駅はありませんので、指定席券売機で買えないきっぷを購入する際には、10分以上電車に乗って、買いに行くことになりそうです、、、

2015年12月10日 (木)

「北近畿タンゴ鉄道」(現:京都丹後鉄道)連絡乗車券

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 どうも最近、就職活動関係の用事で毎日忙しく、中々更新が出来ませんでした、、、

 京都丹後鉄道は、福知山~宮津間と西舞鶴~豊岡間の路線を持つ、第三セクター鉄道です。元々は西舞鶴~豊岡間の国鉄宮津線を転換した鉄道会社でしたが、鉄道建設公団が途中まで建設していた福知山~宮津間を結ぶ宮福線を完成させました。JR福知山線、山陰本線の電化が完成すると同時に宮福線及び宮津~天橋立間を電化し、大阪京都と日本三景の天橋立を結ぶ特急列車の運行を開始しました。

 三セク転換後は長らく、「北近畿タンゴ鉄道(KTR)」を名乗っていましたが、経営が悪化し、今年の4月1日から高速バス中堅の「WILLER EXPRESS(ウィラーエクスプレス)」を傘下に持つ「WILLER ALLIANCE(ウィラーアライアンス)」が列車の運行、乗車券類の発売などを引継ぎ、第二種鉄道事業者の「京都丹後鉄道」を設立し、KTRの事業を引き継ぎました。「北近畿タンゴ鉄道」は線路設備等を保有する事業体として存続しています。

 京都丹後鉄道(略称:丹鉄)は、乗客の増加を目的として、地域公共交通(二次交通)との連携を強化したり、駅名の改称を行なったり、観光列車(「あかまつ」「あおまつ」「くろまつ」)の更なる強化、JR山陰本線に乗入れて京都まで走る「まいづる」(旧「タンゴディスカバリー」)用KTR8000形車両の改装(水戸岡デザイン)、既存普通列車用車両の美化に取り組んだりしています。その結果、今年の夏季輸送量は前年比113%の増加だったようです。
2014_0907_0005(「あおまつ」福知山にて)

 丹鉄になってからは、まだ乗っていませんが、北近畿タンゴ鉄道時代には何回も乗りました。本記事のきっぷは、KTR時代最後に乗った時のものです。経由表記が「福知山線・福知山・北近畿タンゴ」となっています。京都丹後鉄道に経営移管されてからは「北近畿タンゴ」の表記も無くなったと思われますが、どういう表記に変わったのか、将又変わっていないのかは、調査していないのではっきりわかりません。
2014_0907_0028(日本三景「天橋立」)

 福知山から天橋立までは快速「あおまつ」に乗りました。「あおまつ」は単行運転で自由席です。「あかまつ」には必要な乗車整理券は要りません。車内は観光客で一杯でした。アテンダントも乗務していて、カウンターでの喫茶営業やグッズの販売を行なっていました。内装は水戸岡デザインのもので、フローリングの床、ソファ席などで構成されています。天橋立までは小一時間程でしたが、「乗って楽しい」列車だったように思います。丹鉄になってからも基本的なダイヤは変わっていないので、「あおまつ」も検査日以外はそのまま運行しています。丹鉄がこの先更なる発展を遂げるのかどうか、じっくり見守っていきたいと思います。

 

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